その日は珍しく仕事帰りに珈琲を飲んで帰ることにした。どこかに立ち寄るとしてもいつもならビールを選ぶところだが、友人が教えてくれた、深煎りの珈琲をネルで淹れてくれる店が途中下車をすればいつでも行けることはしばらく前から知っていた。その友人がすこしの間東京を離れている期間があり、その夜は思い立って行くことにしたのだった。その友人が居ない期間に行こうと思った訳は、自分では何となくわかる。
そうと決めた当日の午後に連絡があり、予定が変わってその友人は翌日にはもう東京へ帰ってくることになった。そしてまたひとつその日にそこへ行くことに意味が加わった気がした。その日に行かなければならない、とすら思った。
心して珈琲が提供されるのを待つ。すこし期待をし過ぎているかもしれないという気もしたが、そんな時間もたまにはいいだろう。ひと息ついて香りを吸い込み、口に含む。友人と話をしたくなった。急ぐことはない、今はこれを味わおう、と自分に言い聞かせた。すこしずつ変化していくであろう味わいも待っているはずなのだ。ぬるめの珈琲がやけにやさしい。
僕の後にしばらくしてカップルがひと組。その珈琲を店主が淹れているときにまたひとり、客が入ってきた。店主は顔を動かすこともなく言葉を発することもなく、珈琲を淹れつづける。そして女性客はすべてわかっている、というあたたかな表情を一瞬浮かべてカウンターに座り、その時を待つのだった。今それを決めた訳ではなく店に入る時からもうそのつもりだったというような振る舞いを、まじまじと見るでもなく、けれど視野の片隅で見ていた。その後、珈琲を注文するときのその女性はどんな声色なのかと、カウンターの反対側の端っこで、あとひと啜りで飲み干してしまう珈琲をもったいぶってちびちび飲みながら、その時を待っていた。
そしていよいよ女性が慣れた口調で、買って帰りたい豆と飲んでいきたい豆の銘柄を順番に伝えるのを耳を澄まして聞いていたぼくは、つまらないことをしてしまったと思った。先にクイッと飲み干し店を後にしていれば、帰りの夜道もさらに後味のいい時間になっただろう。女性の声は、真っ直ぐ芯の通ったきれいな声だった。ほとんど想像していた通りの、きれいな声だった。