11/09/2012

cold and heartwarming

 冬も好きだと思うようになったのは最近なのか、前から好きだったけど特にそういうふうに意識することがなかっただけなのか。最近冬が来るのを楽しみにしている自分に気付くときがある。今日もすこし冷えてきた空気の中を歩きながら、そんな感覚を得た。どの季節が好きかという話になれば、すぐに夏と答えるだろう。春も秋も冬もそれぞれの良さがあるからそれぞれ好きだけど、なんてつまらないこともうっかり言いそうになるが、やっぱり好きな季節は夏だ。けど、ちょっと敢えて夏以外のことを。
 秋も好きだ。でも好きな理由を挙げようとして一番に出てくるものは「自分が生まれた季節だから」ということくらいで、それ以外には大した理由が無いことに気付く。それよりも最近わかったのは、秋に入って空気が冷えてきた街中を歩いていて、ヒュウッーと冷たい風が吹いたとき、来たる冬の存在を感じるあの感じが好きだということ。僕自身はクリスマスをそんなに意識するタイプではないが、クリスマスの時期のあのキラキラした雰囲気や、恋人たちがロマンティックなものを求めているような、そしてそこから生まれるあの雰囲気は好きだ。実際に、その時期が訪れるのを楽しみにしている自分がいる。恥ずかしい話だが、最近よくiTunesで再生してしまうのは映画Love Actuallyのサントラに入っている、Otis Reddingの歌う「White Christmas」なのだ。それを聴いてジワ〜と沁みるあの感じ、身体が冷えてくるからより一層そういうものを温かく感じられる。これはもうクリスマスが好きということにもなるのだろうか。なんとなく「クリスマスが好き」とまでは言いたくないと変な意地を張っているだけだろうか。まあとにかく冬の時期独特のあの感じ、きっとそれで伝わるだろうと思えるから「あの感じ」とばかり言ってしまうが、まさにあの感じが得られることこそが僕が冬も好きだと思える理由だ。街行く人が寒そうに肩をきゅっとさせて、背中をすこし丸めて歩いているのが微笑ましい。そして今の、12月に日本に帰ることが決まっている僕にとっては、その安心感、好きな人たちの元へ帰って行ける安心感がなんといっても大きくて温かい。ということで、秋はそんな「来たる温かい冬」を感じ始められる、思いを馳せられる時期としても意味のある季節だということに。
 春はどうだろう、春はやっぱり新しいことがはじまるようなあの雰囲気。専門学生の頃、春休みの間も学校へ行って暗室に入っていたが、新年度が始まるという4月のある日、いつも通り歩いていた名古屋駅の構内で「すれ違う人たちの顔ぶれが昨日までと変わった」と感じたことがあった。もちろん名古屋駅ですれ違う人なんて毎日みんな知らない人たちだから変な話なのだけど、なんとなくでも確かにそう感じたことは当時のノートへのメモに残っていて、それを覚えている。そして、秋の場合と同じような話になるが、どうしても「来たる大好きな夏」を感じて気分が軽く、楽になり始める時期なのだ。
 そんなふうに考えていると、やっぱりそれぞれの季節に求めていることや、それぞれ与えてくれるものがあって、どの季節も好きだなあという話になってしまう。日本人らしく四季を感じながら、というのは僕にはまだすこしきれい過ぎる言い方な気がするが、自分がその季節をどう感じて過ごしているか、過ごしていくかということに興味を持った。
 朝ご飯を食べた後、どうもスイッチが入らず長い長い昼寝をし、夕方にカメラとノートと財布を持ってぶらぶらと歩いた。昼間寝ていた間に大雨がザッと降ったらしく、そのせいか一気に寒くなった。上着のポケットに手を入れて気付いたら「寒そうに歩いている人」になっている自分がいて、同じように寒そうにマフラーを巻いた首を埋めて歩くきれいな女性とすれ違ったときに、温かい冬を感じたのだ。