MAYBE AMERICANS

 これも、前に一枚写真を載せたLos AngelesのSan Pedroにある小さなビーチでとった写真。前にも書いたけど、なんとなく寂しげな雰囲気があった。近くの広場ではBBQをして盛り上がっている大勢のメキシカンたちがいたから、そのギャップが尚更そう思わせたのだろう。ビーチにチラホラといたのも、ほとんどがメキシカンの家族だったと思う。けど今写真を見返して新たに思い始めているのは、もしそれが白人の家族だったらそういう印象を感じていただろうか、ということ。休日を人気の少ないビーチで穏やかに過ごしている、という印象を受けたのではないだろうか。けどやはりそれも意味の無い想像のような気がして、そんなことを考えるのもやめることにした。実際に見たものがあるのならあんまり深いことを考えようとするのもよくない。あのビーチは寂しげで、休日の楽しげな空気の外側にいるように見えたのだ。それが確かに自分が見たものだった。文章を書き始めると、気付くと何か意味ありげなことを言い当てようとしてしまうことがある。自分の手に負える自分の言葉で書き続けていかないとな、と改めて。
 アメリカのような多民族国家では、見掛ける人すれ違う人、その人をアメリカ人だと判断することはできなかった。正確に言うと、別にアメリカ人かどうかなんて考えることはなかった。外から来た人たちが集まってできている国なのだから当たり前と言えば当たり前で、けどそれは考えるとすごく変な感じがする。日本のような島国育ちの人間からすると特に変だ。だから『アメリカ人』という言葉すらもよくわからなくて、けど僕はアメリカ人をたくさん撮ってきたと言いたい。たぶんアメリカ人だと思う。真相は分からないけど。だからこそ、アメリカ人という言葉を使いたいと思う。