Sai Gon





 すこし長い散歩をした。家にいたら何かよくわからない焦りのようなもので居心地が悪くなり、一度近所の公園まで歩いて行った。それだけでは気分は晴れず思い立って、電車でしか行ったことのない友人の家まで歩いて行ってみることにした。ちょうど先日我が家へ遊びに来てくれた時に忘れていったふたりの傘を返しに行く、という名目も見つけたのだ。期待していた通り、歩いているといろいろなことを考えながら頭の中をすこし整理できた。昨日みたいな日は、家にいると無意味にパソコンを触ったり何度も何度もフェイスブックをチェックしたり、時間を無駄にしている気分に襲われてしまう。外へ出れば体は歩き続けるしかなく、そうすると自然と頭もクリアに働く。そんな時くらいカメラをぶら下げるだけの装備で出掛けたいのだが、財布、手帳、読みかけの本を持とうとすると、小さなカバンを肩に掛けて行かなければならなかった。手帳は何かをメモする為だが、それだけなら紙切れとペン一本だけ上着のポケットに入れたらよかった。本は、途中の公園か喫茶店で読書タイムがあってもいいなと思って持ったのだが、結局止まることなく歩きつづけた。文庫本だったらポケットにも入れられたが、ハードカバーの単行本だったのでカバンが必要だったのだ。まあ読まなかったのだけど。財布にしても、実は現金をそのままポケットに入れている人を見ると「格好いい」と思っていて、とにかくそんな荷物の少ない身軽さに憧れている。ただでさえカメラだけはどうしようもなく持ち歩いているのだから。けどそうして思い返せばカバンを持たなくても大丈夫だったのだなと思ったりもするが、そんなことは今までにも何度も考えていたことで、それでも荷物を減らせないのが今の自分、ということなのだ。
 日没までになんとか到着できるかと思って歩きはじめたが、時間にすると約3時間の散歩で、到着する頃にはもう暗かった。ちょうどそのすこし前に友人夫婦は仕事から帰って来ていて、家に上げてもらうとコーヒーを淹れてくれた。旦那さんのレコード部屋からはジャズが、ダイニングにいても聴こえてくる音量で流れていた。コーヒーを飲みながらしばらく話をしていると妻から仕事がもうすぐ終わると連絡があり、車でそのまま来てもらうことにした。彼女の職場がその友人宅からそう遠くないので、実を言うと最初から帰りは迎えに来てもらおうと企んでいたのだ。いいタイミングだから、ということで先日その友人から聞いていたベトナム人しか集まって来ないベトナム料理屋へ行こうという話になり、そのままみんなで乗り合わせて行った。「相当怪しいところだから」とは聞いていたが、着くとシャッターがほとんど閉まっていて、ベトナム人らしい人影が何人か入り口付近に見えた。友人が声をかけに行くと初め「閉店した」と言われたが、さっき電話でやってると聞いたことを伝えると中へ入れてくれた。タイ料理はよく食べるがベトナム料理はよく知られているフォーや生春巻き以外、そういえばあまり経験がなかった。それなのにきっとこれはちゃんと現地の味だな、なんて思わせられる美味しさと惜しみなく出される付け合わせの野菜・香草には、僕も虜になった。甘いベトナムコーヒーを飲み、大満足で店を出て車へ戻り、友人宅へ向かう。車中では、コーヒーの値段含まれてなかったんじゃないかという話題になるほど安かった。次は誰々を連れて行こうという話も盛り上がり、楽しいことはそうして続いていく。
 散歩の終盤は足が痛くなりはじめていたけれど、意外と筋肉痛もなくいつも通り起き上がった今朝。朝ご飯を食べる妻の横でそんなことを話していたら、明日来るんじゃないかと言われた。一昨日、僕もまたひとつ歳を重ねたところ。