大きな母親

 朝から雨が降ったり曇っていたけど午後から晴れてきた。明日は葉山、森戸の浜の盆踊り。!


 去年の秋に発刊された雑誌TRANSITの14号はアメリカ西海岸特集だった。本屋で見掛けたときにすぐに買ったのだけど、パラパラっとしか目を通さず、すこし目についた部分だけ読んでずっとそのままだった。先日思い立ってやっとそれぞれの記事もすべて読んで、ひとつ特に心に残ったものがあった。「カリフォルニアの、とある人生」と題されたその文章はSEAN LOTMANという人が書いたもので、翻訳にMasayasu Takahashiとある。「信じていたものが、がらがら音を立てて崩れて行った。いとも簡単に。がらんどうになったぼくは、まったく信じていなかった弟と旅に出た。」という序文が添えられて文章ははじまる。リーマンショックの影響でニューヨークでの優雅な自慢の生活を失い、婚約者にも去られてしまった男はまさにすべてを失い、母親の暮らすロサンゼルス郊外の家に転がり込んだ。それまでの暮らしと目の前の現実とのギャップに気力を失っていたところに、ヒッピー風の生き方をしている弟が顔を見せる。実家からしばらく北へ上がって行ったところ、サンタクルズにある小さなオーガニックファームを営んでいる弟の、お金持ちになる見込みのない生活を理解出来なかったが、その弟に農場に誘われて、数日間寄り道をしながら旅をする。その先々で弟と同じような価値観、つまりお金には重きを置かず、自由でリラックスしたライフスタイルを選んでいる弟の友人たちに会ったりもして、そんな今まで付き合うことの無かった人々と心地いい時間を過ごすうちに男の価値観がすこし変わっていったというような話だ。いい文章だからほんとはこんなふうに要約したくはないのだが。出発して早々、男は弟に「もっと稼ぎのいい仕事に就いていたら、母さんに金銭的な援助をしてもらわなくて済んだんじゃないか」と言うのだが、それに弟はあえて反論はせず、代わりに言った言葉が、それ以来ぼくの心にも残っている。
「ぼくたちの人生の手助けをすることは、母さんにとってもうれしいことだし、それに、母さんにもしものことがあれば、たとえどんな状況であれ、すぐに駆けつけることができる。」
 このセリフを言えるのは本当に幸せなことだ。いい親を持つ子どものエゴと受け取る人ももしかしたらいるだろうか。ぼくは、ぼくの兄も姉も、母親からのどうしようもなく大きな愛を感じている。ぼくらが彼女の子どもだから。それはもう揺るぎないもので、そして同じようにぼくら兄弟も、母親を誰よりも尊敬している。上に書いた文章ともすこしかぶるが、ぼくの兄はそれこそヒッピー風の生き方をしている人だ。その時々に一番楽しいと思えるものに取り組み、ここ数年は仲間と田んぼや畑で作物を育てている。今は実家の一部屋をアトリエに改造して、ガラスをやっている。だがやっぱりお金はない。そしてぼくはと言うとお金がないのに旅行をしたり、個展を開いたり、お金のかかるアナログで、お金にならない写真を続けている。今年になって初めてフリーターではなく会社に入って働いているが、未だにまだまだ甘えている部分はあるし、今までに借りていたものはまだ借りっ放しという状態。けど母親は「好きなことをやって夢を見て活き活きと自分のやりたいことをやってくれていることがうれしい」なんて言ってくれている。ほんとにどうしようもない、なんて言葉を使いたいくらいの愛情だ。きっとぼくらがこのままゆるく生きていても、心配はするだろうが支えつづけてくれるだろう。もちろん心配をかけず、金銭的にも自立して生きて行くことを目指すが、今まだ完全にそうはなれない自分の尻を叩きながらも、雑誌で読んだそんな言葉が心に残った。
「ぼくたちの人生の手助けをすることは、母さんにとってもうれしいことだし、それに、母さんにもしものことがあれば、たとえどんな状況であれ、すぐに駆けつけることができる。」
 上に載せた写真はその記事の中での、弟の友人たちと砂浜でくつろいでいるところ。撮影は稲岡亜里子というカメラマン。