coffee blues

 晴れ。ここのところ空が本当に青い。そして昼間に眠くなる日も続いてる。
 最近自分で淹れる珈琲があまりおいしくない。最近というか結構しばらく納得のいく珈琲を淹れられていない。そしてそれを珈琲豆屋が変わったせいにしている。名古屋に居た時は決まって注文していた自家焙煎の珈琲豆屋があった。正確には名古屋の隣の僕の地元、春日井市にある。注文してから焙煎してくれるので鮮度は最高で、お湯を注ぐと、生きてるようにモコモコと膨らんで、それを見るのが好きだ。珈琲は飲むのはもちろんだが、淹れている時間もすこし特別なものだと感じている。だからできるだけ落ち着いた気持ちで淹れたいし、その時間はそれに集中したい。一服の心。それを感じながらいただきたい。なんていう考えを持つが、ガブガブ飲むような珈琲もあっていいと思う。珈琲に対しても人それぞれのスタイルがあることもなんとなく微笑ましく思える。何にも考えずこだわりもなくただなんとなく毎日珈琲は飲んでる、というのもいいなと思う。自分は違うというだけ。けど違う、そういえば時間帯によっても珈琲の意味は変わってくる。朝はたしかに僕もゆっくり味わうのは最初のひと口ふた口だ。なんでこんなことを書きはじめたかというと、夕飯後に淹れて自分の部屋に持って来た珈琲がおいしくないから。気持ちは込めた。ただ一回、淹れている最中に足下に置いてあった鍋を倒してしまい、それが意外とうるさくガチャーンと鳴った。それで気が散ったんだなんて理由にするつもりはもちろんないけど。思い返すと自分の珈琲の今までのベストは去年の12月だったと思う。はじめて珈琲屋として出店した小田原でのイベント時のそれは、まさに自分の理想とする「濃くて苦くなくて香ばしい珈琲」だった。何が変わってしまったのかと考えるとやっぱり第一に珈琲豆屋のことだろう。そしてもうひとつ大きいのが、生活の変化。去年とは全く違う生活をしていて、自分の内側にも変わってきていることがたくさんある。その人の内面も味にまで影響するような不思議が珈琲にはあると思う。ちなみにこのことを知っている人は少ないが、今も昔も、身内の間ではカフェオレも評判がいい。